研究紹介(2)

異原子内包フラーレンの可能性を探る
         
東北大学大学院理学研究科 附属原子核理学研究施設 大槻 勤
  

 籠型炭素分子(フラーレン)は炭素の第三の安定な構造体として注目されているが,その中でも特に大量合成が可能なサッカーボール型のC60分子やラグビーボール型のC70分子に異種原子を内包させようとする実験的試みがある。フラーレンやナノチューブに異種元素を内包させることができれば,原子レベルでの有害物質の閉じ込めや安定な原子レベルのデバイス,生体などへの応用,新しい磁性や超電導の出現などの可能性が生まれる。しかし,残念ながら金属内包フラーレンの実験的な生成技術はまだまだ大量合成には至っていない。
 これまでに異原子を内包したフラーレンやヘテロフラーレン,そして異原子がケージの外に結合したフラーレンなどの実験的あるいは理論的な研究が多く報告されてきた。これらの化合物のほとんどはアーク法やレーザー蒸発法などの手法を用いて生成されたものであるが,すでに作られたフラーレンに後天的にドープする方法も考え出されてきている。C60にアルカリ金属を後天的に内包させる実験的な試みはWan等により最初に報告された。彼らは,イオン衝突を用いてLi@C60やNa@C60が生成されるという実験的証拠を示した。その後,Saunders等によって高温・高圧下において希ガス原子をC60などのフラーレンに押し込む実験が報告されている。また中性子照射によって生成された放射性同位元素のγ線による原子の反跳を利用することも試みられているが,現在まで実験手法やその結果についての報告は少ないと言わざるをえない。これらの背景から,我々は高エネルギーγ線や荷電粒子照射により物質中で直接異原子をフラーレンと衝突させる実験を試みたので紹介する。
 高エネルギーγ線や荷電粒子による原子核反応は,その生成された不安定原子核から数MeVの中性子やγ線放出を伴って崩壊するが,崩壊に伴い生成された放射性原子核は反跳を受ける。その反跳エネルギーは数百keVにも及ぶが,これは原子間結合エネルギーよりもケタ違いに大きいエネルギーである。このエネルギーを利用して原子と分子(フラーレンケージ)の衝突を実現するものである。反跳された原子は強い衝突やイオン化などによりフラーレンの籠は破壊や放射線重合が起こり,不安定な化合物が生成されると考えられる。そして最終的にマトリックス(ターゲット)物質中で反応に適当なエネルギーまで減速し,衝突が起こる。このメカニズムでフラーレンへ放射性同位元素を内包することやヘテロフラーレンを合成こるとが可能となる。照射の後,化学的に処理をすることによって,内包化やヘテロ化されたフラーレンを得ることができる。この方法は核的反跳法と呼ばれる。
 C60などのフラーレンを最大エネルギー30MeV程度の制動放射線(γ線)で照射すると,ヒットされた炭素は12C(γ,n)11Cのような核反応を起こして放射性の11Cが生成する。生成された11Cは511keVの消滅放射線を放出して半減期20分で11Bに崩壊する。照射された試料をフィルターを通した後,高速液体クロマトグラフ装置(HPLC)を用いてフラーレンの溶出挙動をUV検出器で,11Cの溶出挙動をBGO放射線検出器で,それぞれ調べると両者の挙動はほぼ一致していることがわかった(図1)。
 

図1
図1 11CでラベルされたC60のラジオクロマトグラム

 これはフラーレン骨格に11Cが存在する11CC59の様な放射性フラーレンが生成されたと見なすことができる。放射性フラーレンの生成メカニズムを調べるために,ホウ素化合物を均一にフラーレンと混合し,12MeVの陽子で照射すると図1と同じクロマトグラムの結果が得られる。これは,フラーレンケージ外で11B(p,n)11Cという核反応を引き起こし,反跳された11Cが試料中で適当なエネルギーまで減速されて,最終的にフラーレンを構成する1個の炭素と玉突き衝突をして置き変わることを示している。ここで特記すべきは,C60の試料をγ線で照射した場合には,核反応で生成されたすべての11Cの量の60%以上がフラーレンの骨格と置き変わっていることと,また,かなりの確率で二量体化することである。これはフラーレンの構造に関係した耐久性や柔軟性を示しているのかもしれない[1]。また,フラーレンとさまざまな異種元素を混合した試料を放射化すると,元素の種類によっては放射性のヘテロフラーレンや放射性同位元素内包フラーレンが生成される。たとえば,臭素やヨウ素の化合物をフラーレンと混合した試料を16MeVの重陽子で照射すると,臭素やヨウ素は(d,2n)反応を引き起こして原子番号の一つ大きい放射性の同位元素(ここでは主に 79Krや 127Xe)が生成される。HPLCで分離された後,フラーレンのUVクロマトグラムとγ線による79Krや127Xeのクロマトグラムを比較してみると,フラーレンと79Krや 127Xeは非常に似かよった挙動を示すことが分かった。希ガス元素は化学的に不活性であり,これはフラーレンケージ内に79Krや 127Xeが内包されたとを示唆している[2,3]。図2は,KrやXeのような大きな原子でも外から内包化が可能であることが示した分子動力学シミュレーションである。
図2
図2 127Xe原子が160eVでC60に衝突して内包される過程を示したシミュレーション 。140fs(フェムト秒)で内包が確認された。

 図3は我々が実験的に調べた元素を周期律表の中で示したものである。§は核的反跳法を用いて挿入を試みた元素を示す。ここで興味深い事実は遷移元素等はフラーレン籠となじみが悪いが,As,Se,Sb,Teなどはフラーレンと籠と非常になじみが良いことである。フラーレンとの異原子衝突過程で分かったことは,アルカリ金属などのイオン結合性の強い元素は容易にフラーレンケージを破壊してしまい内包化は難しいが,4B〜6B元素などの共有結合性の強い元素はフラーレンケージを壊すことなくフラーレンと結合(内包化あるいはヘテロ化)できる可能性があることである。周期律表のどの元素がフラーレンにドープ可能かは,イオン結合性か,共有結合性か,希ガス類であるかに強く依存するように思われる。ここでは電気陰性度の小さい元素及び大きい元素はフラーレンにはなじめないように思われる[4]。よって異原子がドープされたフラーレンの大量合成は領域4B〜6B元素から取り組むべきかもしれない。これらの元素は半導体材料などに多く使われている元素で今後の大量合成法の開発が待たれる物質でもある。核反応や放射壊変の特徴を活かしたフラーレンの研究は始まったばかりで,たとえば今後フラーレンを生体機能物質として用いられるようになった場合に生体中での挙動をγ線でトレースするなど,応用面での発展を望むものである。  

図3
図3 周期表中において核的反跳法により異原子挿入が試された元素(§)

参考文献
[1] T. Ohtsuki, K. Masumoto, K. Sueki, K. Kobayashi, and K. Kikuchi, J. Am. Chem. Soc., 117, 12869(1995).
[2] T. Ohtsuki, K. Masumoto, K. Ohno, Y. Maruyama, Y. Kawazoe, K. Sueki, and K. Kikuchi, Phys. Rev. Lett. 77, 3522(1996).
[3] T. Ohtsuki, K. Ohno, K. Shiga, Y. Kawazoe, Y. Maruyama, and K. Masumoto, Phys. Rev. Lett. 81, 967(1998).
[4] T. Ohtsuki, K. Ohno, K. Shiga, Y. Kawazoe, Y. Maruyama, K. Masumoto, J. Chem. Phys. 112, 2834(2000).