研究紹介 (1)

難治性の神経変性疾患Parkinson病の病態解明と薬物療法に関する基礎的研究

東北大学薬学部 臨床薬学分野 村松 靖子
東北大学大学院薬学研究科 臨床薬学分野 荒木  勉

はじめに
 Parkinson病は, 振戦, 固縮, 無動・寡動, 姿勢反射障害等を主症状とする運動性の神経変性疾患であり,わが国においては人口10万人あたり100人の有病率と推定されている罹患率の高い神経難病のひとつであります。超高齢化社会を迎えたわが国において,その罹患率は増大しつつあり,本疾患に対する新しい治療法及び新規薬剤の開発が強く望まれています。
 Parkinson病は,黒質・線条体系のdopamine含有神経細胞の変性・脱落が責任病変であり,その発症原因について様々な方向から解析が試みられております。1983年,Langstonらは合成麻薬meperidine類縁体製造の際の副産物である1-methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine(MPTP)がヒトに対してParkinson病様の症状を引き起こすことを発見しました。このMPTPの発見を契機として,Parkinson病の病態解明や新規薬剤の開発研究が動物実験レベルで精力的に実施されておりますが,本疾患の発症原因・機序について,未だ明確な結論が得られていません。そこで,私達の臨床薬学分野の研究室では,Parkinson病の病態解明を目的とし,薬理学的なアプローチを中心に研究を進めております。今回はこれまでに得られました知見の一部について報告させていただきます。

Parkinson病マウスモデルの生化学的検討及び薬物療法について
 Parkinson病は,黒質緻密層のdopamine神経細胞の変性・脱落によりdopamineが欠乏することが本疾患の主たる発症の原因であります。それゆえ,現在はdopamineの補充療法が臨床的治療方針の中心になっております。そこで,我々はMPTP誘発Parkinson病マウスモデルを用いて,線条体中のdopamine及びその代謝物であるDOPAC,HVA含量の定量化を試みました。その結果,MPTPの急性投与(10 mg/kgの用量を1時間間隔で4回腹腔内投与)により,線条体中のdopamine,DOPAC及びHVA含量の低下が,MPTP投与後1日目から発現し,7日目まで徐々に低下することを見出しました(Araki et al., Eur. J. Pharm. Sci., 12:231-238, 2001)。本研究成果は,MPTPの急性投与マウスモデルがヒトのParkinson病における線条体中のdopamine,DOPAC及びHVA含量の低下を反映する可能性を示唆しており,本疾患の病態把握の解明に有用であると推察されると思います。次に,各種薬剤を用いて本モデルに対する薬物療法を実施いたしました。現在までに,本病態モデルに対してMonoamine oxidase (MAO)阻害剤clorgyline,pargyline,neuronal nitric oxide synthase (nNOS)阻害剤7-nitroindazole,筋萎縮性側索硬化症(ALS)治療剤riluzole,アストロサイト機能改善剤ONO-2506,ACE(angiotensin converting enzyme)阻害剤perindopril等が有効性を示すことを明らかにしております(Araki et al., Metab. Brain Dis., 15:193-201, 2000; Araki et al., Brain Res., in press)。一方,Ca拮抗剤amlodipine,NMDA受容体遮断剤MK-801,免疫抑制剤FK-506,非選択的NOS阻害剤L-NAME等はその有効性を確認できませんでした。本研究で有効性を示しました薬剤について,免疫組織化学的検討を実施しました結果,黒質のtyrosine hydroxylase(TH)陽性細胞が充分に保持されていることが確認できました(Araki, Muramatsu et al., Neurosci. Lett., in press)。現在,これらの薬剤の作用機序の解明を研究中であります。
 また,本Parkinson病マウスモデルに対する行動薬理学的検討を施行しました結果,ポールテスト,カタレプシーテストのいずれの評価系 (Araki et al., Eur. Neuropsychopharmacol., 11:125-133, 2001)におきましても明確な運動機能障害は確認できませんでした。そこで,MPTPの投与スケジュールを種々検討し,ヒトのParkinson病の病態を充分に反映する慢性期モデルの確立を目指して,現在さらに検討中であります。

レセプターオートラジオグラフィー法による検討について
 MPTP誘発Parkinson病マウスモデルにおきまして,dopamine D1,D2受容体及びdopamine transporterの結合部位の変動を調べました結果,線条体及び黒質におけるdopamine transporterの結合部位の著しい減少がMPTPの処置後の早期から出現し,次いで線条体におけるdopamine D2受容体,dopamine D1受容体がアップレギューションすることを明らかにしております(Tanji, Araki et al., Brain Res., 824;224-231, 1999)。また,dopamine含有神経細胞体上に受容体を有し,その細胞活性を促進的に調節している脳腸ペプチドであるneurotensinの結合部位の変動を検索した結果,dopamine transporterの結合部位と同様にMPTP投与後の早期から線条体及び黒質におけるneurotensinの結合部位の著しい減少が観察されました(Tanji, Araki et al., Peptides 20:803-807, 1999)。以上の研究結果から,MPTP投与後の早期からdopamine transporter,neurotensin等の結合部位が機能的な異常をきたしている可能性を示唆いたしました。
 また,神経毒である6-hydroxydopamineを右腹側被蓋野に注入することにより,黒質・線条体のdopamine神経系を破壊したラットモデルを用いてdopamine D1, D2受容体及びdopamine transporterの結合部位の変動を調べました。その結果,線条体及び黒質におけるdopamine transporterの結合部位の著しい減少が,破壊後の早期により出現し,次いで,線条体におけるdopamine D2 受容体が長期にわたってアップレギューレーションすることを見出しましたが,一方,線条体におけるdopamine D1受容体のアップレギューレーションは軽度であり,その持続期間も短いことも明らかにいたしました(Araki et al., J. Neurol. Sci., 160:121-127, 1998)。さらに,細胞内情報伝達物質であるsecond messengerの結合部位における変動も検討しました結果,線条体におけるadenylate cyclase systemの異常がParkinson病の発症に関与している可能性を示唆いたしました(Araki et al., Eur. J. Pharm. Sci., 8:261-267, 1999; Araki et al., Acta Physiol. Scand., 169:71-78, 2000)。また,イミノフィリン,NOSにおける結合部位の変動の検討により,これらの結合部位が右腹側被蓋野の破壊後に有意に増加することも見い出し,nitric oxide (NO)がParkinson病の進行性の病変に関与している可能性を明らかにしております(Araki et al., Metab. Brain Dis., 14:21-31, 1999)。
 現在は,これらの研究成果を踏まえまして,Parkinson病における主たる発症機序の解明及び進行予防を目的として,神経伝達物質及び細胞内情報伝達物質の受容体レベルから解析を進めております。

神経病理学的検討について
 脳内での神経変性に伴い脱落・変性した神経細胞数を復帰させることは極めて不可能であることから,現時点の治療法は疾患の進行の遅延すなわち神経細胞保護であると思われます。最近では,アルツハイマー病におけるマイネルト基底核ニューロンの萎縮防止に神経栄養因子NGF補充療法及び抗炎症療法が適応されており,Parkinson病における黒質の神経細胞の脱落・変性には,神経栄養因子BDNFやGDNFの有効性が期待されております。また,ALSにおける運動ニューロンの脱落・変性には,BDNF,NT-3,CNTF等の神経栄養因子の臨床応用が企画されております。そこで,我々はParkinson病及び脳卒中の病態解明及び進行予防を目的として,MPTP誘発Parkinson病マウスモデル及び砂ネズミの一過性脳虚血モデルを用いて,神経細胞,グリア細胞,インターニューロン等に対する特異的な抗体を用いた免疫組織化学的手法により検討を進めております。現在までの検討により,神経変性疾患の発症に関して,グリア細胞が重要な役割 (Araki, Muramatsu et al., Neurosci. Lett., in press)を演じている可能性を示唆しておりますが,その詳細については,今後の研究により明確にする予定でおります。また,神経難病で苦しんでいる患者さんの為にも,微力ですが新規な薬物療法の開発研究にも努力する所存です。

臨床薬学分野の紹介<
 臨床薬学分野は,1999年10月に本学医学部から今井 潤先生が薬学研究科の教授に就任された後,2000年4月にはじめての薬学部4年生,大学院生を迎えました。共同研究者の本学医学部附属病院助手 松原光伸博士(薬学研究科 非常勤講師)の多大なるご協力・ご指導を賜りまして学生の指導及び研究を開始しました。また,本年4月には道又真理博士が薬学研究科の助手として就任され,我々の研究室では,高血圧の疫学的研究及び降圧剤の臨床的評価研究,高血圧の原因遺伝子の解明,腎臓・脳疾患モデル等を用いた病態解明と薬物療法を中心に研究を行っており,その研究の一端を中枢研究が担っております。このように,臨床薬学分野は幅広い観点から,種々の疾患に対する病態解明と新規薬物療法を研究開発するユニークかつ新しい研究室であると言えると思います。

おわりに
 以上,当臨床薬学分野においてこれまで得られました知見の概要の一部を紹介させていただきました。今後は,分子生物学及び遺伝子学レベルでの解明を含めて,神経変性疾患に対する病態解明及び新規薬物療法の開発研究と言う難解な研究課題に対して微力ながら努力したいと考えております。

謝辞
 本研究を遂行する上で,多大なるご指導・ご鞭撻を賜りました臨床薬学分野教授 今井 潤先生に厚く御礼申し上げます。また,本研究に際して,貴重なご意見・ご指導を賜りました医学系研究科大学院神経内科学分野教授 糸山泰人先生,医学部附属病院薬剤部長 水柿道直先生,医学系研究科神経病態制御学分野助教授 加藤宏之先生,医学部附属病院助手(薬学研究科 非常勤講師) 松原光伸先生及び臨床薬学部分野助手 道又真理先生に心から御礼申し上げます。さらに,これまで我々の研究にご協力頂きました核薬学,核医学及びサイクロトロンRIセンターの皆様にこの場をお借りして厚く御礼申し上げます。最後に,私どもの研究紹介の機会を与えていただきましたサイクロトロンRIセンター長 織原彦之丞先生に心から深謝申し上げます。