研究紹介(2)

グルコースを巡る諸問題
         
東北大学サイクロトロン・RIセンター核医学研究部   山口 慶一郎
  

はじめに
生体内の主なエネルギー源はグルコースである。食物中のでんぷんや砂糖などは腸管内でグルコースに分解され,吸収される。吸収されたグルコースは血液によって,体中に運ばれる。それぞれの臓器では,グルコースは糖担体(glucose transporter)によって細胞内に運ばれ,様々な代謝を受けながらエネルギーを産生し,最後には炭酸ガスと水になる。
生体内でもっともグルコースを使う臓器は,脳である。さらには増殖にエネルギーを必要とする癌細胞もグルコースをよく使う。ポジトロン医学の最初の段階は,このようなグルコースの体内での挙動を追うことから始まった。
グルコースをそのまま標識したのでは,結局炭酸ガスと水になり,何を見ているのか,わかりづらい。このため代謝の途中でその代謝反応が止まってしまう化合物(trapping agent)が開発された。現在もっともよく使われているグルコース類似ポジトロン放出化合物はF-18で標識したFDG(Fluoro deoxy glucose)である。この化合物はグルコースと同様にglucose transporterによって細胞内に運ばれ,6リン酸化された形で細胞内にとどまる。この6リン酸化される過程が,グルコース代謝の律速段階になるので,グルコース代謝の指標として大いに利用されるようになった。
さて,このFDGをもちいてグルコース代謝の全貌を追ってみよう。

グルコースの吸収と排泄

図1
図1:FDG経口投与後の全身の画像を経時的に示した。
     腸管から吸収され,次第に脳に集積することがわかる。

図1に示したのはFDGを経口で飲ませた時のFDGの動きを経時的にPET(positron emission tomography)で追ったものである。経口後15分の段階で,すでに脳への集積が認められるが,未だ腸管内に大部分のFDGは残存している。この後次第に腸管内のFDGの量は少なくなり,脳への集積が増加することがわかる。FDGはグルコースと一部異なる構造を持つため,尿中から一部排泄される。このため,膀胱へのFDGの排泄が認められる。FDGは従来注射薬として開発され,経口投与はなされていなかったが,我々はあえて経口投与を行い世界で初めてグルコースの腸管からの吸収から,脳への集積までを画像化することに成功した。グルコースの腸管からの吸収にはSGLUT1という糖担体によることがわかっている。この糖担体は基質に特異的な構造を要求する。すなわちピラノース環の2位の位置に水酸基がついている構造の糖だけを特異的に吸収する一種のバリアーの形を取っている。FDGは2位の位置にフッ素が存在しており,この原則からははずれるが,実際画像に示すように吸収される。このことはフッ素の原子半径などが,水酸基と類似しているため,吸収されたと考えられる。この糖担体は腎臓にも存在し,尿からのグルコース再吸収の中心的な役割を演じている。にもかかわらず,FDGの一部は尿中に排泄される。FDGの尿中排泄に関しては再吸収のメカニズムも含めて,まだはっきりしていない。一方尿中排泄はFDGを用いて癌の検出を行う場合,検出能力を落とす原因の一つとなっている。今後FDGの尿中排泄のメカニズムに関しては,さらなる検討が望まれる。
それでは吸収されたFDGの運命はどのようになるのであろうか?吸収されたFDGは肝臓に運ばれ,一部はFDG6燐酸の形に代謝される。グルコースの場合,この6燐酸の形から,グリコーゲンの合成やエネルギー代謝に用いられる。ただし肝臓にはglucose 6 phosphataseという酵素があるため,肝臓からは再び血液中にFDGの形で出される。脳ではこの酵素の活性が低い為,集積パターンを示す。これら各臓器の集積パターンの違いを図2にしめす。

図2
図2:図1で得られた画像から作成した臓器ごとの放射能の変化を示す。
腸管からは速やかに吸収され,脳に次第に集積していく様子がはっきりとわかる。

それでは,このようなグルコースの吸収は,人間の日常生活活動からどのような影響を受けるだろうか?たとえば,食事の前の散歩が消化吸収に影響を及ぼすのか,及ぼさないのか?及ぼすとすれば促進する方向に働くのか,抑制する方向に働くのか?一見単純なこのような問題に関しても,いまだわかっていない。我々は散歩に相当する40%VO2maxの運動強度の負荷を30分与え,FDGの経口投与を行い,PETの撮像を行った。この結果,軽い散歩程度の運動負荷は腸管からのグルコース吸収には大きな影響を及ぼさないものの,肝臓からの排泄や脳への集積が早まることがわかった。(表1)すなわち食前の軽い運動は,腸管吸収後の臓器グルコース代謝を亢進させることがわかった。現在,激しい運動を行った場合には,これら消化吸収にどのような影響があるかを,検討している。

表1
表1:放射能が半分になるまでの経過時間を表にした。コントロール群に比較して,軽い運動を行った群では,
肝臓からの排泄時間が有意に短縮し,脳への集積時間も有意に短縮している。

 
筋肉のグルコース代謝
運動を行うと筋肉はエネルギーを消費する。このためエネルギー源としてのグルコースを血液から吸収する。通常の筋肉の糖吸収はGLUT1と言われる糖担体が中心である。しかし運動刺激により細胞質から細胞表面にGLUT4が移動することがすでに知られている。このような糖担体の移動や不足したグルコース代謝物からのpositive feed backにより,使用した筋肉のエネルギー消費に応じたFDGの集積が認められる。この仕事は我々の研究室の田代らが藤本らとともに発見し,現在スポーツ医学などに応用され始めている。それではこの運動負荷を増やして行った場合は,どのようなことが起こるのであろうか?我々は東北大学医学部整形外科のグループとこの問題に取り組んだ。連続するダッシュを10分間与えるという負荷を用いた。負荷量としてはかなり大きく,ボランティアとして参加した運動部の学生の半数が筋痙攣を起こすほどの激しさである。無酸素代謝の指標と言われる乳酸量は負荷前の約8倍と亢進していた。その結果無酸素運動に近い激しい運動を行った場合は,FDGの筋への取り込みはジョギングなどの有酸素運動を行った場合に比較して,優位に低下した。(図3)

図3
図3 :左からコントロール群,ジョッギング群,ダッシュ群のFDGの全身像を示した。
コントロール群に比較して,ジョッギング群では下腿の筋肉へのFDGの集積が増加している。
ダッシュ群では逆にFDGの集積はジョギング群に比較して筋肉への集積は低下している。
このように運動強度によって,FDGの筋肉への取り込みが変化する。

血液中からのFDGの取り込みが減った訳であるが,グルコースの代謝物質である乳酸の量は増加している。このグルコースはどこから来たか?筋肉は余分なグルコースをグリコーゲンとして蓄えている。このグリコーゲンを分解してグルコースとして使用していると考えられた。このように生体内で必要に応じて,エネルギー源の変化が行われていることが明らかになった。このことは今後スポーツ医学などでの応用を期待している。

終わりに
このように身近なブドウ糖の挙動についてすら,未知の部分が多い。我々は臨床分野への応用としての癌の検出,脳機能の検討と同時に,生理的な活動の解明を今後ともPETを通じて行って行きたいと考えている。

以上の研究は次の共同研究者とともに行われた。
サイクロトロンRIセンター核医学研究部 伊藤正敏,力丸尚,Mehedi Masud,三宅正泰,四月朔日聖一
サイクロトロンRIセンター核薬学研究部 井戸達雄
東北大学医学部病体薬理学教室 田代学
東北大学医学部病体運動学教室 藤本敏彦
東北大学医学部整形外科教室 大沼正宏
明治生命厚生事業団体力医学研究所 永松俊哉

参考
1. K.Yamaguchi et al: Whole body glucose metabolism with FDG oral intake using PET (JNM 2000, 41(5) 1377-)
2. K.Yamaguchi et al: Dynamic PET Image of Whole Body Glucose Distribution after Oral Administration of [18F]-fluoro-deoxy-glucose(CYRIC annual report 1999 146-150)
3. K.Yamaguchi et al: LOW GLUCOSE UPTAKE BY SKELETAL MUSCLES DURING SEVERE EXERCISE: A 18FDG-PET STUDY (JNM 2001abstract in press)
4. K.Yamaguchi et al Exercise effects in the digestive and the glucose absorption using 18FDG oral intake procedure with PET (JNM 2001abstract in press)